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日本の会社員は本当にモチベーションが低いのか?

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日本の会社員のやる気は世界最低レベル」とよく言われます。ストレングス・ファインダーで知られる米ギャラップ社が毎年実施する「職場エンゲージメント調査」(2021年)によれば、日本の従業員エンゲージメントは世界最低水準であり、長期にわたり、他国と比べて際立って低い水準であることがわかります(図1参照)。これが何を意味し、日本の職場がどのような問題を抱えていることを示しているのか。今回は、この点を考えてみたいと思います。

 

図1:職場エンゲージメント (Employee engagement)

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                                                                           (出所) 米Gallup社「State of the global workplace 2021 Report」

 

① 日本の会社員はやる気を失っているのか?

 

日本の会社員はやる気を失っている」と言われますが本当にそうでしょうか?

 

 米ギャラップ社の同調査には、1日のうちに「心配(worry)」「ストレス」「怒り」「悲しみ」が感じたか?という、別の調査項目があります。ウェルビーイングの考えに基づくと、ネガティブな感情は、その人の活気を失わせ、仕事の効率性や仕事への意欲に影響をもたらします。

 

図2:ネガティブな感情 (Daily negative emotions)

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                                                                            (出所) 米Gallup社「State of the global workplace 2021 Report」

 

 図2が調査結果ですが、全体的に見て、日本の数字が際立って低いということはありません。よく「日本の職場はストレスが充満している」と言われますが、調査結果では、「ストレス」はやや高めであるものの、アメリカや中国より低い数字です。他の項目も、突出した数字ではありません。この結果を見る限りでは「日本の会社員はやる気を失っている」というのは早合点のように、私には思われます。一方「エンゲージメントが低い」というのは、はっきり数字に表れています。この点について私の考えを述べたいと思います。

 

➁ 日本の会社員はなぜ「エンゲージメントが低い」のか?


そもそも「エンゲージメント」とは何でしょうか?「エンゲージメント」とは「従業員が、仕事に意義と学びの機会を見出し、自ら進んで会社に貢献する」ことを意味します。ポジティブ心理学の世界では、従業員の心理面に着目し「没頭、没我」(いわゆる「フロー状態」)の意味で用いられます。日本語では、「従業員の会社・職場への愛着、思い入れ」と訳されることが多いですが、単なる愛着や思い入れにとどまらず、会社側の期待と従業側の貢献がマッチした状態を指します。「エンゲージメントが低い」と「やる気がない」は、同じ意味と思われるかもしれません。しかし、私は違うと考えています。では、その違いは何でしょうか。それは「エンパワーメント」にあります。

 

横文字ばかりで申し訳ないですが、では「エンパワメント」とは何でしょうか?「エンパワメント」とは、「会社が従業員とあらゆる情報を共有し、従業員が自主的に責任をもって業務を遂行すること」を意味します。「エンパワメント」は「権限移譲」と訳されることが多いですが、単に権限を委譲するだけではなく、経営の目標やその背景にある情報もすべて開示し、従業員が自ら判断し自らの責任で仕事を行うことを指します。


「エンパワメント」の背景には、顧客ニーズや市場の変化のスピードに対応するための経営者の不退転の決意があります。「現場の従業員の最初の15秒の接客態度が、その会社全体の印象を決める」と言われますが、現場から離れた経営陣がすべての意思決定を行い、指示や命令の形で現場に伝えるのでは、時間がかかりすぎ、ビジネスチャンスを逃すことになります。これを改善するには、情報の共有化を進めると同時に、権限と裁量を現場に移し、現場で意思決定が行えるよう、経営の仕組みを根本的に変える必要があります。


 エンゲージメントの観点で言えば、自ら意思決定を行う権限を与えられた従業員の方がエンゲージメントが高くなる、というのは、分かっていただけるかと思います。将来の予測がますます困難になり、個々の社員や知識や経験を活かす方向に働き方がシフトしています。しかし、経営や組織の仕組みは昔のままという企業が、日本においては、まだまだ多いのではと思われます。


次は、やる気(=モチベーション)について、別の視点で考えてみます。

 

③ なぜ、やる気=モチベーションが上がらないのか


高い成果を挙げるためには、高いモチベーションが必要なことは言うまでもないでしょう。モチベーションの根底にある考え方(マインドセット)には、「証明マインドセット(fixed mindset)」と「成長マインドセット(growth mindset)」の2通りがあります。まず両者の違いを見ていきましょう。


証明マインドセット」を持つ人は、「才能は、努力によって伸ばせるものではなく、生まれつき与えられたものである」と考える傾向があります。このような考えの持ち主にとっては、高い成果を挙げることは「自分が有能であることを証明する」という意味になり、うまくいっている時は、前に進む原動力になります。逆に行き詰まると、「自分には才能がない。自分は他人より劣っている」という意味になり、やる気を失う、失敗を恐れるあまり挑戦しなくなる、さらには、自分の評価を傷つけないよう失敗を隠す、失敗を認めない、といったマイナスの面が出てきます。

 

一方、「成長マインドセット」とは、「能力は努力次第で伸ばせる」という考え方です。このような考え方の持ち主は、成果よりも、それに至る過程や経験に重きをおきます。何かうまくいかないことがあっても、自分の努力不足や学習の仕方に問題があったと考え、一時的に落ち込んでも、再びやる気を取り戻し努力を続けます。


両者を比べると「成長マインドセット」の方が好ましいのは明らかです。しかし、実際のところ、日本では「証明マインドセット」を助長するような人事制度を取っている会社がほとんどです。多くの人事制度が、社員を優秀な人とそうでない人にふるい分けし、そうでない人は待遇面で不利になります。一度でも悪い評価がついてしまうと、挽回するチャンスは、多くの場合二度とありません。それは「証明マインドセット」の「失敗=能力的に劣る」という考え方と同じなのです。失敗や悪い評価によって将来が決まってしまうのであれば、失敗を恐れずチャレンジしようという気持ちより、「自分が有能である」という信念を傷つけたくないという気持ちが強くなるのは明らかです。

 

賃金が頭打ちになり、ポスト不足で昇進の機会が少なくなった時代が何年も続いています。「証明マインドセット」を変えなければ「能力的に劣る人」は増加する一方です。「成長マインドセット」を重視した働き方への転換は、喫緊の課題であり、すでに遅きに失した感さえあります。しかし、残念ながら、人事の基本的な考え方は相変わらず昔のままという企業がまだまだ多いように見受けられます。

 

まとめ


英語に「馬を水場に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない」という有名なことわざがあります。人をやる気にさせることがいかに難しいかをよく表していると思います。今は、いかに競争を煽るかより、個人をヒトとして尊重し、いかに個人の能力を発揮しやすくするかという方向へ、働き方が大きく転換しています。ヒトと組織のあり方において日本は遅れを取っている、ということが、この調査からわかる最も重要なことと私は思います。

 

 

(参考文献)
「真実の瞬間」ヤン・カールソン著、堤猶二訳 ダイヤモンド社
「1分間エンパワメント」K.ブランチャード、J・Pカルロス、A.ランドルフ 瀬戸尚訳    ダイヤモンド社
「Mindset」Carol S. Dweck著 (邦訳本あり)
「Flourish」Martin E.P Seligman著 (邦訳本あり)
「やる気が上がる8つのスイッチ」ハイディ・グラント・ハルバーソン著 林田レジリ      浩文訳 ディスカヴァー・トゥエンティワン社