事業承継の手法としてのM&A
インディビジュアルコンテンツの代表の本藤(ほんどう)です。
今回は「事業承継の手法としてのM&A」というテーマでお話しします。
事業承継の方法としてM&Aが注目されています。M&Aを活用した事業承継を「事業承継型M&A」と呼んでおり、最近、事業承継とM&Aは一緒くたにされることも多いです。しかし、私が思うに、昔からある事業承継とM&Aは似ても似つかぬものです。支援側の立場でも、必要な知識・手法も、まったく異なります。今回は、両者の違いを明らかにし、改めて「事業承継型M&A」にどう取り組むかを考えてみたいと思います。
1.伝統的な事業承継の手法とは
元々、事業承継とは「親から子」へと引き継ぐこと、つまり「親族間承継」を指すものでした。ここで起こる問題は、財産の承継においては、相続税の負担をどうするかであり、経営の承継においては、主に、次の社長の経営者としての資質、現経営者の事業に対する想いをどう伝えるか,、といったものでした。支援者の立場で見ると、財産の承継においては、主に「相続税引き下げのための株価対策」であり、経営の承継においては、現経営者と次期社長のコミュニケーションの橋渡しや次期社長の教育といった、ソフト面が中心です。中小企業の大半が同族会社である日本においては、これまで、中小企業の数だけ事業承継の問題が発生してきたと言えます。そして、これを手掛ける専門家の数も少なくありません。
しかし、今、起こっている事業承継の多くは「後継者がいない」ことが問題であり、そこで「第三者承継」(親族以外への承継)、所謂「事業承継型M&A」が注目されています。「第三者承継」は「承継」という言葉こそ使われていますが、親族以外への承継は基本的にM&Aとなります。解決手法も「親族間承継」で使われるものとは異なり、M&Aのための手法が必要となります。
2.伝統的な事業承継とM&Aとの根本的な違い
いきなり結論になりますが、事業承継とM&Aの根本的な違いは、M&Aが「取引」であるという点です。「取引」には、原則として「対価」が発生します。親から子へ事業承継する場合、相続税や贈与税の問題こそありますが、事業の対価という意味では「タダ」です。一方、親族以外の第三者に承継する場合は、必ず「対価」が発生します。それは、会社の発展に貢献した従業員であっても、まったく見ず知らずの赤の他人でも、違いはありません。「赤の他人に会社を売るくらいなら、従業員に引き継ぎたい」という相談を受けることがありますが、その場合、当該従業員が自己資金でその会社を買うことが必要となります。一従業員の立場で、そこまでのリスクを背負うことは、よほどのことがない限りないと言えるでしょう。
M&Aのための手法は、相手との交渉や値決めといった商取引上のものが中心です。親族間承継では重要な「経営者の想い」は、M&A成立時に締結する最終契約に盛り込まれることで、買い手に引き継がれることになります。多くの場合、買い手の関心は、売り手の会社の事業そのものであり、経営者の事業に対する考え方・想いは二の次です。もし、それが買い手にとって受け入れられないものであれば、逆にM&Aの成立を妨げることになります。「事業承継型M&A」も徐々に普及していますが、依然として、抵抗感を持つ経営者が多いのは、この辺りにあるのではと思います。
3.M&Aとは
経営権の移転を伴う株式の移転や会社間の合併を総称してM&Aと呼びます。M&Aは「会社の売買」と考えておられる方も多いですが、売買の対象となるのは、一般的に、「会社」そのものではなく、その会社の「株式」です。また、「M&A=合併」と考えている方もおられますが、これも誤解で、通常、株主が代わるだけで会社は存続します。合併の場合、買い手の会社(合併会社)が存続し、売り手の会社(被合併会社)は消滅します。しかし、合併には、さまざまな法律上の手続きが必要であり、いきなり合併を行うケースは、かなりまれです。
M&Aの結果、経営権は買い手の会社に移り、通常、経営者や役員の変更が行われますが、会社自体は、当面の間、これまで通り存続し、従業員は従来通り働く、というのが実態です。買い手にとってのM&Aは「投資」です。したがって、買収した会社には、ずっと利益を上げ続けてほしいと考えるのが合理的です。将来的な合併は、もちろんありますが、M&Aをスムーズに進めるには、売上や利益をできるだけ維持し、社員には、M&A後も引き続きがんばってもらいたいと考えるのが普通です。そのため、現経営者に、然るべき対価を払い、しばらく経営を続けてもらうこともよくあります。
日本よりもM&Aの歴史が長いアメリカにおいて、M&Aは、ベンチャー経営者の引退(イグジット)に用いられてきました。イグジットの手法は、IPO(上場)かM&Aのいずれかですが、資金の観点で見ると、M&Aは全株式を一度に売却し換金できるのに対し、IPOでは、一部の売却にとどまることが多く、M&Aの方が優れていると言えます。このため、できるだけ早く企業価値を高め、タイミングよく売り抜くということが、ベンチャーの世界では行われてきました。M&Aにより多額の資金を手に入れることは、ベンチャー経営者にとって、大きなインセンティブです。私の印象では、日本の経営者は、長期的に利益を得ることに重きを置く傾向があるように思われます。この点も、M&Aに関心が薄い原因の一つと考えられます。現に、アメリカでは、IPOに比べM&Aが圧倒的に多い傾向がありますが、日本では、IPOの割合が高いです。
4.事業承継問題を解決するために
好む好まないにかかわらず、親族間承継ができない場合、会社を引き継ぐ手段は、IPO(上場)を除けば、今のところM&A一択です。経営者にとって、自らの事業への想いをどのように引き継ぐかは大きな課題ですが、M&Aでは、上述の通り、売り手から買い手への意思疎通が難しいところがあります。この点、私がおススメしたいのは「自らの想いを社員に引き継ぐ」ということです。M&Aを契機に、経営者はいずれ引退することになりますが、従業員は、引き続き会社に残り、中には、新たな株主・経営者に抜擢され、幹部社員として活躍し続けることもあります。前経営者の元で培ったスキルや能力は、株主や経営者が変わっても、会社や事業を存続させる原動力であることに違いはありません。買い手経営者との意思疎通に比べ、日々接する従業員との意思疎通の方が実行しやすく、経営者の考えや事業への想いに触れることは、従業員にとって大きな刺激になります。経営者が会社・事業を離れる想いは察するに余りあることですが、経営者が引退した後も、意思を受け継いだ従業員が生き生きと働き続けることは、また望外の喜びがあるように思われます。
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5.まとめ
ここまで議論した内容を表にまとめました。ご参考になればと思います。
親族間承継 |
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承継方法 |
世襲(相続) |
取引(売買) |
対価 |
なし |
あり |
承継の目的 |
家業を引き継ぐ、守る |
投資、既存事業との相乗効果(シナジー) |
被承継者(売主)の株価対策 |
下げたい(相続税負担を減らす) |
上げたい(高く売りたい) |
被承継者(売主)に必要な手法 |
相続税対策、次期社長への引き継ぎ、経営者教育 |
企業価値拡大、買手との交渉、セラーズ・デユーデリ(*1) |
承継後に起こりうる問題 |
社長交代に伴う社員の士気低下、取引先の離反等 |
買い手会社との社風、方針の違いによる社員の士気低下、取引先の離反等、 |
(*1) M&Aを成立しやすくしたり、売却価格を上げるために、売主が、事前に売却時に問題となりそうな点を洗い出すことをセラーズ・デューデリと言います。
(参考文献)
「会社売却とバイアウト実務のすべて」宮崎淳平著、日本実業出版社
「持株会社・グループ組織再編・M&Aを活用した事業承継スキーム」木俣貴光 (監修, 編集), 松島一秋 (監修)、中央経済社
」